こごまのままに

愛犬が教えてくれる幸せ ~強迫性障害とともに生きる~

【強迫性障害】きっかけはひとそれぞれ。一つ言える事、それは『こころを傷つけてはいけない。』

雨や曇りの日。空がどんよーりしている日は、こころもどんよーり。

休みの日だと、なかなか動きだせません。

そんな日。特に何もやらなくていい時は、ゆっくーり過ごす。

こころを休める日。

 

掃除もやれる所まで。眠たくなったらお昼寝。

こころのままに過ごすのです。

 

私の場合、不安な事があったり、ストレスがたまっていたり、

こころに疲れがたまっている時は、決まって眠たくなります。

眠り続けます。

体はそこまで疲れていないのに。

 

普段から考えすぎてしまうのです。

「あの人不機嫌そうだったけど、私何かしたかな?」

「ちょっと言い過ぎたかな。誤解されてないかな。気に障ってないかな。」

「あの仕事、間違ってないだろうか。大丈夫かな。」

 

何に対しても、不安で。

だから特に、人と接するのは昔から苦手。

「よく気が付くね」と言われる事が多いのですが、

「気が付く」のではなく、ただ単に全てにおいて不安だから「敏感」なだけ。

 

その結果、こころはどんどん疲れていきます。

強迫性障害の症状も比例してひどくなっていきます。

 

だからきっと、「もう考えるな!」って、

私のこころを守る為に眠らせてくれているのでしょう。

 

そうなってきてもなお、無理をし続けると、体の他の部分にも異変が。

 

咳が止まらなくなったり、声が出なくなったり。

今は慢性蕁麻疹でもあります。

 

だからできる限り自分のペースで。ゆるーくゆるーく。

を最近は言い聞かせています。

 

 

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気分がすぐれない時は、大好きなものを。

最近ハマっているのは抹茶ラテ。こころは晴れにしたい。

 

 

 

強迫性障害。きっかけは?

 

初めて強迫性障害の症状が現れたのは、小学5年生の頃。

「何で同じ事やっちゃうんだろう?何か変だな?みんなもそうなのかな?」

最初は自分に起こっている事がよくわかりませんでした。

 

幼いながらに何か違和感を感じた記憶が、今も残っています。

 

 

当時、私はいじめにあっていました。

 

暴力とかそう言ったものではありません。

「無視」をされていました。

一番仲の良かった友達が、転校生と友達になった事をきっかけに、無視をしだしたのです。

 

もしかしたら、何か気に障る事をしたのかもしれません。

急に「もう友達やめるから。絶交するから。」と告げられたまま、話してもらえなくなってしまいました。

でも、心あたりもなく、理由がまったくわかりませんでした。

 

当時の私は、自分で言うのもなんですが、優等生。

クラス委員もやっていたし、勉強もスポーツもできました。

 

何年か後に本人と話してわかった事ですが、

その転校生が、そんな私が気に入らなかったみたです。

軽い気持ちで無視を始めたと言います。

 

それがいつしかクラスの女子に広がり、遠くでコソコソ話して、目が合うと隠れる。

そんな感じでした。

 

そんな中でも、私と仲良くしてくれた子たち。今でも感謝しています。

 

でも、自分からは親には言えませんでした。

自分の部屋の窓から外を眺めていっつも泣いていました。

その頃の写真を見ると、笑っている写真はありません。

 

でも、親も担任の先生も何かを察したのだと思います。

話す機会を与えてもらえて、あの時話せて、とても救われました。

わかってもらえただけで充分でした。

 

大事にはしたくなかったので、今のままで大丈夫と、そのまま過ごしました。

 

 

それから、その一番仲の良かった子と話す事ができた時、

たまたま着ていたセーター。

「これを着たら話してもらえた!」

そう思ったのです。

 

「こんな行動をしたら話してもらえた!」

 

逆に、「こんな行動をした時は無視された。」

自分の中で、ルールができあがっていきました。

 

 

それからと言うもの、その子との会話に限らず、

日々の生活、勉強、スポーツに至るまで、

あらゆる事に「決まり」ができていきました。

 

そうです、『強迫性障害』の症状。

 

 

私の記憶では、この出来事がきっかけ。

 

 

きっかけも人それぞれ。

 

強迫性障害だけではなく、あらゆるメンタル疾患には何かトラウマとなる出来事が少なからずあるはずです。

 

 

強迫性障害と共に、今も私に影響を与えているのが人との付き合い。

 

小学生を卒業してからも、友達をつくるのが怖くて。

仲良くなれそうだなと思っても、ある一定の距離までいくとこころを閉ざす。

 

知り合いはいても「友達」にはなれませんでした。

自分から離れていくのですから、当たり前です。

特に女の子が苦手です。

 

高校になって、男友達はできました。女の子と違って気を遣わないですんだから。

 

今、地元の人で連絡を取っているのはその男友達二人だけです。

 

でも、寂しいと思った事はありません。

むしろ、人と関わらなくていいのが心地いいのです。

 

大切な家族と、本当に心が許せる友達だけで、幸せです。

 

 

社会人になって、少し友達と呼べる人が増えました。

 

一緒にいて、こころが疲れない人たちばかりです。

 

 

そんな人たちを大切に。

 

 だから私の大切な人は厳選されて、とってもミニマム。

そこはもうミニマリストなのです。笑

 

 

人生、色々なことがあります。

小学生当時は本当にツラかった。

暴力とかではなかったけど、こころは大きなダメージでした。

 

無視をしていた人たちは、

大人になっても影響が続いていくなんて、想像もできなかった事でしょう。

 

いじめられる側も悪いと言う人もいます。

その意見には賛否両論あります。

 

でも、確実に言える事は、いじめるヤツはもっと悪い

 

人には合う、合わないがあります。無理に仲良くする必要はない。

でも、誰かを巻き込んで、その人に接するのは違う。

 

それは当人同士の問題。

 

第三者が首を突っ込まない。

 

 

社会人になって、自分も逆の立場に立った事があったので、わかります。

陰口ばかり言っていた時期もありました。

その経験もして、最悪な自分にも出会った。

 

なぜ、あの頃を思い出せなかった。こころを傷つけてしまった。

後悔した。反省した。

 

 

こころを傷つけられる事も、傷つける事も。

どちらも経験してみないとわからない事もある。

でも、絶対に傷つけてはいけない

 

だからこそ今、そう強く想います。

 

 

 

少し暗くなってしまいましたね。勇気を出して正直に書きました。

不快に思われた方、すみません。

 

ここへ来てくださり、最後まで読んでいただき

こころから、ありがとうございます!

 

こごまま